悲しみを越えて
レッスン室に入ってくるなり。
「こんなことで落ち込むなんて、僕ぐらいなもんですよね…
」
「なにが、あったの」
「…それは秘密です」
なんだよ
「ぜんぜん弾けません」
「楽譜は?」
「置いてきました」
もってこいよ
「泣くなよな。めんどくさいから」
彼はすぐ泣くので予防線を張る。
「そういう時は、自分のためにチェロを弾きなよ」
「自分のために?」
「そう、自分を癒すために」
「癒されませんよ」
「癒されなければ、なにが足りないかわかるだろ?自分が悲しいとき、癒されたいときに、自分を癒すことの出来ないチェロ。そんなどん底にチャンスがある」
「そんなに前向きになれるかなぁ」
「前向きでも、後ろ向きでもいいから、とにかくいい音を出して。スケールでも練習曲でも、美しく弾けば癒されるんだよ」
レッスンは彼のために、スケールと練習曲と、無伴奏をちょっと弾いて終わりました。
やっぱりちょっと、泣いてました。
なにかに触れたようなので。悲しみか、癒しなのかわかんないけど。
男の子が、泣くなよな。
ま、いいか。
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